【第四章】

 二年生に進級して、私達は初めて出会ったベンチに腰掛けていた。「今年度は何して過ごそうか」とひなは笑いながらまた桜の花びらを捕まえようとし、また失敗を繰り返している。ひなの体格からすれば桜の花弁は風に舞い段々揺らぎが増していく。だから、私が高い位置で掴みまた渡すのだった。
 そんな最中、二年生の宿泊研修が始まろうとしていた。私とひなは今年も同じクラスに属した物の、班分けは別々となってしまった。少し、いやだいぶ寂しいのだが、それに関してはどうしても覆せないのはわかっているので大人しくしているしかなかった。
 それでもひなは近づくたび手を振ってきたり声をかけてきたりしてくれたし、私はそれだけで救われていた。そしてそこで気付いた。私はひなに依存しきっているのだと。スマートフォンが持ち込めない宿泊研修の中、毎日行っていた夜間のメッセージのやりとりが出来ないことに苦しみを感じた。私の生活の中心は、知らない間にひなに埋め尽くされていたのだと今ようやく実感した。

 気怠い梅雨の時期がやってきた。私の長髪は湿気でうねるし、それを毎日ひながくしで整えてくれていたのだが。
 整えてもらうたび、またすぐに髪がうねるのを見てひなは笑う。「もう少し髪質を丁寧に整えた方が良いかもね」と商品の説明を見せながら教えてくれる。「じゃあ買ってみようかな」と私が言うと「それじゃあ帰りにドラッグストア寄ってみようか、今日は雨あがるみたいだし」とひなは笑う。私とひなはこうしてお揃いのシャンプーになったのだが、今にしてはその香りすら苦しくなる時がある。甘く、それでいて嫌すぎず。髪を優しく包むその香りが、私は憎くなる時がある。
 だけど、それでも。その香りはひなとの思い出でもあるし、ひなを忘れたくないと言う気持ちが強く先行し、今でも使い続けている。甘い甘いその香りは、今でも甘い日々を物語っていた。

 そして。私達にとって忌々しい、ターニングポイントにもなった夏がやってきた。特別講師を招いた同性愛についての特別授業が行われた日の出来事だった。
 私達は当事者として貴重な意見を聞けたなと大満足していたのはその日の午前だけだった。お昼休みを挟むと授業の感想についてちらほら聞こえだしたのだが――それは理解のない、否定的とも取られる意見が大半だった。
 確かにこれくらいの年頃の人間には理解しきれないのかもしれない。大人になっても理解出来ない人間が多い訳だ、それはそうなのだ、そうだけど。その日の放課後、私は薄っすらと死を想像した。このまま、幸せなまま勝ち逃げしてしまいたいと思ったのだ。もっとも、これを打ち明けることが出来たのは冬の話なのだが。
 こうして私達は傷つくだけ傷つけられ、次の日は二人共高熱を出して寝込む羽目になった。クラスメイトのうちでは二人して夏風邪を引いたと思われそれはそれで構わなかったのだが、私達はクラスメイトの理解のなさから来る完全なるストレスで高熱を出しているのだと思うとひなの分も含めて憎たらしく思えた。

【閑話休題Ⅳ】

 三月ひなは美容室で大きなため息をついてしまった。「どうかしたんですか?」と美容師に聞かれるので「あはは、ちょっと恋愛で悩んでて」と返す。――恋人である憂節みくりとの恋愛形態について迷っていた。
 ひなとしては別に別れたいわけではない。むしろずっと付き合ったままで居たいのだが、クラスメイトの理解が得られず悩み続けている。これは打ち明ける必要は無いものの、将来的にどうなってしまうのか、と。
「大変そうですね」とひなのキレイな髪にハサミを入れる美容師に「ちょっと周りの理解が足りなくて」と苦笑いをしながら返す。「ちょっとはわかりますよ、私も理解されない恋愛をしてきたので」と美容師はまたハサミを入れながら、丁寧に話す。
 ひなは考えた。親から反対されていたのか、それとも相手に問題があったのか?しかし何を考えても――「好きな人が女の子だったんですよね」――ひなの頭は真っ白になった。「……ごめんなさいね、今のは聞かなかったことに」と美容師は真っ赤になった顔を隠すようにひなの後ろに回り、また丁寧に髪を切り落としていった。
 結局ひなは何も返せないまま、カットも何もかもが終わってしまったのだが、レジで最後に一言だけ、ようやく絞り出すように「同じような人が居てよかったです」とだけ返した。ひなは重要な事はとことん言えない性格なのである。美容師は驚いた顔をした後ひなの頭を撫でた。「あなた達は幸せになれるといいですね」とだけ残しお釣りを手渡した。

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放課後のさくら

2023 Minase Liu / Lunachi