【第三章】

 気が付けば季節は秋になっていた。夏服でいると少し寒い日がちらほらと見受けられ、ひなは「みくりちゃん!」と親友のフリで私に抱きついてくるのが日常になりつつあったし、周りもそれをそれがそうであるのが当然かのように扱っていた。
 二人で歩いて帰る毎日を送っていたが、ひなは時々ため息をつくことがあった。私には(今となってはようやくわかったのだが)その意図がうまく掴めず、かと言って踏み出すことも出来ず気の所為だと言う事でごまかしてきた。でも、この時動いても結果自体は変わらなかったのかもしれない。
 そのため息の理由は、周りの発言から来るものであった。ひなは私と居ない時は他の子と過ごすこともあるのだが(少なくとも嫉妬していたがそれは言わないでいたのだが)その時に同性愛者の話になり、なんとなしに聞いていた時。同調圧力か、それとも本音かはわからないが否定的な意見が相次いだ事を後に遺書で知ることになる。
 ――私はまた苦しむ。あぁ、あの時聞いてあげていれば。少なくとも苦しみはマシになっていたかもしれないのに、と。

 また季節が過ぎ、冬が訪れた。私はひなをクリスマスに誘った。「一緒に過ごさない?」と言うとひなは快諾した。「うん、私だって一緒に過ごしたい」と。
 私達はクリスマスイブと当日にかけて、私の家で初めてのお泊りになることになった。私は寮生活が嫌なので一人暮らしを選んで良かったなと思ったし、快く許してくれたひなのご両親もとてもありがたかった。
 とは言ってもひなは複数人でパーティーをすると言って出てきたので手土産に持たされた大きめのホールケーキを見て二人で笑い転げたのも、未だに覚えている。少し形がグチャグチャになっていた、あの形でさえも鮮明に覚えている。
 進学のために引っ越した時は当然ながら誰かを家に泊めるだなんて思う訳も考えも、その気すらもなく小さく狭いシングルベッドに二人で寝ることになったのだが、隣にいるひなの髪から香るシャンプーがいつもとは違い私のシャンプーであることに違和感を覚えながら、それでいて心地いいと思った。
 そして、その日私達は初めてのキスを交わした。その感触だって――嫌という程覚えている。その唇の形も、温もりも、柔らかさも。

 そんなクリスマスから数日経って、またひなは私の家に泊まりに来ていた。年越しを一緒に過ごすため、またみんなでパーティーをすると言って。
 私達は近所の神社に深夜に訪れた。二年参りの為である。配られた暖かい甘酒を飲んで暖まると人混みではぐれないように堅く手を繋いだ。
 私は五円玉を賽銭箱に投げ込み心の中で恋の願い事を唱えた。ずっと一緒にいられますように、この幸せが長く続きますようにと。それは――結果としては叶わなかった。成功させようとしていた事も私だけ失敗し、引きずることになったからだ。この神社の前を通るだけで胸が痛くなるほど、その願いは強いものだった。
 そうして、忙しい時期は過ぎていき――気が付けば私達は二年生に進級しようとしていた。

【閑話休題Ⅲ】

 三月ひなは周りから見た性格に反して寂しがり屋である。それは幼少期に姉を亡くしているのがあるのではないかと憂節みくりは推測していたが、今となってはその真相を知るものは生きていない。
 ひなとみくりの身長差は十センチかそれ以上である。お互いが並んだとしても背伸びしなければ目線は合わせられない。その為ひながみくりを抱きしめる際は顔を胸に埋める形(誰にも言わずにいたがこれはひなにとってはお気に入りだった)になる。
 周りから見ればみくりは落ち着いてひなを見守る良い姉のような存在で、ひなは姉に懐き自然と守られているような構図になっている。これもまた二人の関係性を隠蔽するのに役立った。親友のような姉妹のような関係性を構築していくことで周りからの目を欺いていたのである。
 こうして二人は周りの視線をあまり気にせずのびのびと二人一緒に居ることが出来た。
 ひなの死後にみくりの隣に誰も居ないことに誰しもが違和感を拭えなかったし、それは半年、いや一年以上続くのかもしれない。
 それを一番実感しているのは誰でもない、憂節みくり本人なのは自明だ。

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放課後のさくら

2023 Minase Liu / Lunachi