【第一章】

 私とひなは冬から二人で自殺すると決めていた。それは私達――同性愛者に対する周りの目が厳しかったからと言うのもあるし、このまま社会人になって更にその苦しみを味わうくらいなら今の幸せを噛み締めたまま、未来の敗北から勝ち逃げをしてしまおうと言う趣旨だった。
「みくりちゃん、準備は出来た?」とひなは私に聴く。私たちは桜の木の下で縄をハングマンズノットと呼ばれる結び方でキツく結び、反対側を木の枝に括った。「出来てるよ」と私が答えるとひなは満開の花を彷彿ほうふつ とさせる笑顔で私を見る。覚悟は出来た。
 台に乗り「せーのっ」とひなが最後にとびきり明るく、それでいて奥底で震える声を隠しながら掛け声を掛ける。私たちは台を蹴飛ばす。首に縄が絞まる、苦しい、苦しい、苦しい――。
 縄が絞まるのが痛いのか、息が出来なくなるのが苦しいのか、何もかもがわからなくなっていく中、隣のひなを見る。まだ笑顔だ、最後まで笑顔だ。それがとてつもなく愛おしく、同時に死ねるのが誇らしくも思えた。これでずっと一緒だと、そう思った。

 それが本当だったらどれだけ幸せだっただろうか。
 私の結んだ枝はひなと同じ程の太さだったはずだが、私達は体格差と言う物を忘れてしまっていた。ひなの身体にはギリギリ耐えれた枝も私には耐えきれず、私達が意識を失った後に折れて私は九死に一生を得てしまった。死ななければならなかったのに。
 気がついたら、私はベッドに横たわった状態で沢山の点滴を刺された状態だった。後から聞いた話ではここは高度治療室と呼ばれる場所らしく、私が取った行動に対しては概ね適した場所だった。それだけの大罪を私は起こした。だけど、もっと大きな罪を犯してしまった事実がある。
 私は最愛の人、ひなを亡くしてしまった。正確に言えば、私だけが生き残ってしまった。一番起きてはならない事が起きてしまった。
 その自殺の後二人共救急搬送され、ひなは死亡が確認され私は重症と言う事で高度治療室に入ることになった。
 そこから少しして私は一般病棟に移り数日後には退院することになった。ギリギリ高校の始業式には間に合うらしくそれはそれで心を痛めることになった。

 そうこうしている間に春休みは終わり、私は退院し高校に復帰することになった。ひなの座るはずだった机には花瓶が置かれ、数々のお菓子が添えられていた。それが、苦しくて苦しくて堪らなかった。
「みくりちゃん」とクラスメイトが声をかけてくる。私とひなの仲の良さは周知の事実であり、当然のことだろう。私は「うん、私もびっくりしちゃって」とだけ返した所で涙が止まらなくなりそれ以上は誰も何も聞いてこなかった。
 学校側の配慮により私の自殺未遂はクラスメイトには伝わらなかった。それはある意味では救いになった。私達が交際していた事は誰にも打ち明けていなかったからである。なぜ打ち明けなかったか、それは半年程前の同性愛者に関する授業で周りの反応があまりにも恐ろしかったのもあるし、わざわざ言う必要もないなと二人で判断したからでもある。
 そのような事があり、私達は未来に対して絶望し、お互いの意志で死を決意したのが十二月に入った頃だった。「みくりちゃん、桜が咲く前に死んじゃおう」とひなが言ったのは今でも鮮明に覚えているし、私もそれまでにやりたいことは全部やろうと言った記憶は鮮やかに残されている。

 十二月後半、イルミネーションが段々と点く季節に私達はわざわざ遠方にも行かず近所の駅の小さいイルミネーションを三時間程無言で眺めていた。ひなはずっと笑顔だったし、私はそれがいつも通りで心地よかった。
 それ以外にも色々やった。冬休みを利用して日帰りで旅に出て温泉に入ったり、夜にこっそりと抜け出して二人で永遠と歩いた日もあった。あの日はひなが私のコートのポケットに手を突っ込むものだから私はその手をポケットの中で握り返した手の冷たさも覚えている。
 こたつに入って寝落ちして二人して汗だくになった日も、寒い中食べたソフトクリームの味も、冷たく吹き抜けていった春一番も、何もかもを覚えている。身体中が、五感が覚えている。
 こうして私はひなを失い、独りだけ生き延びてしまい、その罪悪感を抱えながら生きて行くのである。
 これは、春の暖かい陽気の中の、天国に見せかけた地獄の物語だった。

【閑話休題Ⅰ】

 喫茶店で三月みつきひなはため息をついた。迫るすぐ側の死に対して悩んでいるのだ。方法は決まっている。桜の木を使った首吊り自殺だ。方法は恋人である少女、憂節うきふし みくりが調べていたし死に方としては選べる手段はこれが妥当だろう。場所も選び尽くし人気のない場所を選んだ。
 なのになぜ彼女が悩んでいるのか。それはこれから死ぬために何をするか、どう生きて過ごすかではなく如何に死んでいくかである。みくりがオーダーしたドリンクを持ってくるまでの間、ひなは珍しく顔を曇らせていたがみくりが戻ってくるといつものように満開の花を彷彿とさせる笑顔でみくりを迎えた。
 だがみくりは少しの表情の曇りも見逃さず「どうしたの?」とひなに問いかけた。ひなは少しだけ考えると「ちゃんと成功するかちょっとだけ不安で」と当たり障りのない言葉を返すとみくりは納得したような表情でひなの隣に座った。「大丈夫、私達ならうまくやれるよ」とみくりは呟きながらひなにホットココアを手渡す。
 どう死んでいくか――これはみくりの好きな言葉から取ってきた事だが、両者の価値観には一致している。ひなは既に部屋の片付けは終わっているし、みくりも遺書らしい遺書をとりあえず書いてはある。 
 この課題については冬休みが終わるまでには解決しなければならないなとひなは考えながらまたココアを一口飲んだ。

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放課後のさくら

2023 Minase Liu / Lunachi